松野泉さん(映画監督)

若手映像作家の登竜門と言われる「TAMA NEW WAVE」でグランプリとベスト女優賞を受賞した『さよならも出来ない』。シネマカレッジ京都が主催する演技ワークショップから生まれ、小規模な、いわゆるインディペンデントの作品ながら、そのクオリティの高さから生まれの地・京都のみならず、大阪、東京、神戸での上映が決定している。本作の劇場公開にあたり、ワークショップの舞台でもあった元・立誠小学校内にあるカフェTRAVELING COFFEEで松野泉監督にインタビューをおこなった。約二時間、たっぷりと伺ったこれまでの道のりや作品作りについて。ここで一部紹介する。

松野 泉(まつの いずみ)
1982年生まれ、京都出身。大阪芸大卒。初長編『GHOST OF YESTERDAY』が第30回PFFにて審査員特別賞、企画賞を受賞。長編第2作はCO2企画助成作品『YESTERDAY ONCE MORE』(2007年)。13年よりシネマカレッジ京都の俳優コース講師をつとめた。映画録音(整音)技師としても『Dressing Up』(12年、安川有果監督)、『SAVE THE CLUB NOON』(13年、宮本杜朗監督)、『ハッピーアワー』(15年、濱口竜介監督)などに参加。

 

1.

ーーー映画をよく観るようになったきっかけを教えてください

松野:僕も一番最初に映画を観たのは、たぶんドラえもんの映画版とかハリウッド映画とかやったんですけど。小学校6年くらいのときに京都みなみ会館で、当時みなみ会館ってピンク映画ばっかりやってたんですけど、たまたまその日、大林宣彦の『ふたり』をやってて。それがけっこう夜の、まぁ僕が小学生とかやったから遅く感じたのかもしれないですけど、どういうきっかけか観に行ったんですよ。

『ふたり』って不倫の話で、けっこうどぎついというか。岸部一徳(*役名は北尾雄一 )が会社の同僚と不倫してて、富司純子が奥さんで、石田ひかりが娘なんですけど、一緒に住んでる家に不倫相手が来ちゃうんですよ。そこに岸部一徳も居合わせて、みんなで同じ席に着くというシーンがあって。不倫相手が泣きながら別れられないってことを言って、けどその奥さんが私ちょっと体が悪いのでみたいな丁寧な言い方でお引き取りを願うシーンがあるんです。それを観ながら衝撃を受けてて…。

それこそ海外の映画観てるときってどっかで他人事というか、関係のないこととして楽しんでたんやけど。なんかそのシーンを観たときは親の喧嘩を見てるみたいな、ヤバいものを観てる感があって。

しかも夜の時間帯で、酔っ払ってるおっさんとかが周りにおる中でドキドキしながら観てて。終わったときに僕自身めっちゃ感動してたんですけど、周りの酔っ払ったおっさんが拍手してたんですよ。それも自分の中で体験として感動しました。それが、なんか映画ってすごいもんなんやっていう原体験としてあると思います。

 

ーーー大阪芸術大学に進学されますが当時から映画監督を目指されていたのでしょうか

松野:うちの近所に住んでいた幼馴染の友達がいるんですけど、そいつが僕よりもうちょっと映画好きのやつで。わりと競うように映画を観てたんです。そんときはVHSのレンタルやったんですけど、ヤバい映画みつけたらお互いに紹介したりとかしてました。

撮るみたいな感じは全然二人ともなかったんですけど、そいつが高校生のときに、違う高校に行ってたんですけど、高校の学祭でゴダールの『中国女』をやるって言い出して…。

 

ーーー上映ですか?

松野:いや、演劇で(笑)。僕はなんちゅうか、人前でなんかやるっていう感じじゃなかったから。高校のときもそいつのそういうのが羨ましくて。

たまたまビデオ、てかそんときHi8 (ハイエイト) っていうちっちゃいビデオやったんですけど、それをオヤジが持ってました。その友達がそれで映像撮ってみようやって言って。高校のときに二人でホントしょうもないものですけど、チャリンコで山登ってるのを延々撮ったりとか。なんかまぁ、カラスの死体見つけて延々撮ったりとか。なんかそういう別に物語もないようなもんを延々撮ってて。お互いにビデオを貸し借りして見せ合ったりってことをちょっとやってました。

それでなんとなく、お互い映画やりたいなって感じで、二人とも実は大阪芸大と日大を受けたんですけど、二人ともあんま勉強できんかって。友達は両方落ちて、結局もう一年留年して高知にある大学の心理学科入って今は全然違う道に進んでるんですけど。僕はたまたま大阪芸大の二次かなんかでギリギリ受かったっていう。

 

ーーーそこでは音楽活動も始めますよね

松野:初めは中学くらいのときにブルーハーツのコピーとかやってたんですけど。それこそ高校のときに家にピアノがあったんで、なんか映像を作るときに、やっぱカラスの死体とか撮ってても全然カッコよくならないんですけど、ピアノで適当にポロポロ引いてたらカッコいいみたいな。

レコード回してそれに合わせてピアノ弾いたりとか。それをビデオに録音して載せたりとか。最初はホント何ができるってわけではないんですけど、そういうことやったりしてて。作曲というよりは、コラージュっぽい感じで音楽作りを始めました。

で大学に入って自主映画をやり始めたときに、自分で音楽載せたりしてることを人が面白がってくれて、人のも手伝うようになりました。

同時にその流れで8ミリの映写機で映像流しながらそれに合わせて即興でギター弾いたりノイズの音鳴らすみたいな、そういうユニットを初めました。8ミリっていろいろエラー起こせるじゃないですか。例えば暗い夜の映像やと、一時停止してパーフォレーション(*フィルムの縁に一定間隔で開けられている送り穴のこと)外したら、レンズからの光でフィルムが溶けたりするんですよ。まぁ言ったら虫眼鏡で紙燃やすみたいな感覚というか。あとたぶん化学反応的なものもあるんですけど、その溶け方が面白くて。層があるからフィルムに乗ってる薬品の順番に色が溶けていくんです。それとかパーフォレーション外すと手で動かせるからずっと溶けながら映像が動いていくみたいなことができたり。8ミリって本当にアナログなもんやからスローや早送りって自由にできたり。ホントいろいろ遊べるんで、そういうのを即興でやってました。

 

ーーー現在は弾き語りをされていますよね。ギャップがあります

松野:大学のときはノイズ音楽とかが好きで、変な話あんまりフォークみたいな歌より、ライブを見に行くときも、大阪にベアーズっていうライブハウスがあるんですけど、ノイズの人ばっかり出るイベントとか、そういうのを見に行ったりしてました。

大学時代の音楽活動としては、ライブ出るときはほとんどそのユニットやったんですけど、一緒にやってた8ミリを触ってくれてた相方が大学卒業で東京で就職して僕一人になっちゃって。音楽活動できひんなと思ってたんですけど、就職せずにフラフラしてたから。でもなんかやりたいなと思ってたときに、ノイズを一人でやっても絶対お客さんつかへんし(笑)、辛いなみたいなのはあって。それで歌やって思って、今は弾き語りのをずっと続けてるんですけど。

 

ーーー大学卒業のタイミングでは映画と音楽、二つの道が見えていた?

松野:いやぁ全然なかったですね。ホントなんの希望もなかった(笑)。その頃に祖父母が亡くなって、持ち家やったんで、そこが空いて、卒業したら家賃いらんからそこ行こみたいな感じで、本当に甘えた生活してて。日雇いで食っていけるから、フラフラしながら何するあてもなく。でも音楽とか映画はやりたくて。たまたま卒業したてくらいのときに、それまでは学内の現場ばっかりやったんですけど、西尾孔志さんっていう大阪で自主映画作ってる人がいて。その人のCO2(*シネアスト・オーガニゼーション大阪)の作品に呼んでいただきました。そこからちょこちょこ外部の録音の仕事に呼ばれるようになったんで、なんとか映画とつながるみたいな。自分の中ではそんな感じでずっとやってて。全然音楽で食ってくとか映画で食ってくとかいう意識もなく、その日暮らしな感じでやってました。それでなんとか生きていけてたのがよくなかったのか(笑)。

 

ーーー録音のお仕事が増えたのはやはり音楽活動があったからでしょうか

松野:学生のときは完全にそうで、音楽やってるから録音もできるやろみたいな。今の京都造形大学とか、僕近所なんでたまに関わりあったりするんですけど、そこではわりと部署が分かれてます。技術職というか、録音目指す人、撮影目指す人って感じで。1,2回生で作る自主映画も、完全に部署が分かれてやってます。けど僕らのときって部署とかの感覚もないし、機材もないから、みんなそれぞれ自分ができることをやるって感じでした。人の卒制で長編関わったんですけど、それは録音と製作で入ってたりとか、本当やったらなんかよくわからない組み合わせやけど、やる人がおらんからやるってだけで。卒制がそんな感じやったから、それまでの自主映画のときなんかホントみんなやれるもんやるみたいな感じでした。僕の場合はたまたま音楽やってて機材持ってるから、機材あるならやってよみたいな感じで頼まれてたんですけど。

卒業してから録音頼まれたりってのは、どっちかというと大学のときに作った作品とか関わった映画を観てくれた人が、ちょっとコイツ変わった音つけるなってことで声をかけてくれたんだと思います。

 

ーーー録音で心がけていることはなんでしょうか

松野:やってる時期によって違うんですけど、今の僕的には、なるべく自分が目立たんようにというか、作品そのもの自体をいかに、なんかこう、そこにあるものをそのまま見せるかみたいなところに興味があって。自己主張というかそういうのはほとんど考えてないです。例えばセリフのやりとりがある中で、その裏で聞こえている、ここ(カフェ)やったら、小さく音楽が鳴ってて、周りでいろんな人の話し声が聞こえるみたいな。僕と**さんの話だけ聞きたい人にとっては、無駄なもの、余計なものをいかに意識させずに、だけどそれをなくてはならないものとして成立させるか。その必然性みたいなものを、その空間の中でいかに排除せずに立ち上げられるかに興味があって。

いろいろ効果音入れたりして、構築して、変わった音を作るということよりは、そのままの必然性を出せるようにやってます。それこそ面白いねって言われるような作品は、どっちかというといかに変わった音を作るかって方。

 

ーーー変わった音というのは、それは現場で録音するだけじゃないということですか?

松野:そうですね。どちらかというとMA(Multi Audio)の作業になります。最終的な仕上げのときに、例えばこの空間でも、ほんまは鳴っていない音、工事の音が延々鳴ってるみたいな。それはもう作為ですけど、そういうことはいくらでもできるから。わりと僕は音楽やってるからそういうの好きで、映画でもよくやってるんですけど。画面外の音を豊かにするみたいな。

 

ーーー注目している録音技師はいますか。観客の立場で録音の楽しみ方があれば教えてください

松野:別に僕が発見したわけではないけど、例えばストローブ=ユイレの音響の人(ルイ・オシェ)は面白いです。普通は人の声録るときに僕らがやるのは、ピンマイクで、要はワイヤレスのちっちゃいマイクを体に仕込んで、セリフが常に均等に、いい感じで聞こえるように録音して、後でそれを調整するっていうのが普通なんですけど。その録音の人はガンマイクっていう、現場でよく見る筒状のやつ一本で全部抑えてるらしくて。でも僕らが映画観て聞いても、明らかに一本でやれてるとは思えないっていうのがあって、どうやって取ってるのかなっていうのはいつも思います。

そのストローブ=ユイレ好きの人の現場に録音で入ったときは、ガンマイク一本でやれって言われてやったんですけど、まぁそういう音にはやっぱりならなくて。技術なのかなんなのか。それのためのものすごい準備とか必要なんやろなぁって。

最近の日本映画で言えば、それこそ最近話題になった『ジョギング渡り鳥』とか、今ちょうどやってる『VILLAGE ON THE VILLAGE』の音は面白いと思いました。『ジョギング渡り鳥』は、画面内の人がマイクを持ってて、まぁ映画作る話やからなんですけど、画面内の人が撮ってる音がそのままスクリーンの外に聞こえるってことをやってたりとか。『VILLAGE ON THE VILLAGE』は、これは本人に聞いたわけではないのでわからないんですけど。僕が聞いている感じでは、ピンマイクの音をそのまんまLRのスピーカーから出して、ガンマイクの音もたぶんセンターからちょっと出してるんだと思うんですけど、そうすると音のズレが絶対に出るんですよ。要するにピンマイクは体に付いてて近いんですけど、ガンマイクはちょっと離れてるからその時間差があって。それって位相って言って、要は波形がずれるんですけど、それは本当は録音技師が最終的にピッタリ合わせて、違和感ないようにするんですけど、それをそのままにしてるから、距離感が気持ち悪くなるというか。そういうのをたぶん面白いからということでやっている。

黒沢清がゴダールのカメラマイクが風でボコボコするのが面白くてあれをいつかやりたいって言ってたことをインタビューで読んだことあるけど、そういう普通でいう失敗みたいな音を映画で使うのも今やったら全然アリやし。なんかそういうことを意識的にやってる人は面白いと思います。逆にストローブ=ユイレの人みたいにすごい精密に全てを完璧に捉えるっていうのも面白いと思うし。まぁ何がいいっていうのはわかんないんですけど、僕も毎回そのときの興味で面白いなと思うことをやっています。

 

2につづく

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